凍った地球

凍った地球―スノーボールアースと生命進化の物語 (新潮選書)

凍った地球―スノーボールアースと生命進化の物語 (新潮選書)


田近さんは、

(5月の連合大会にて、インフルエンザ対策で陣頭指揮をとる田近さん/左)
教室の同僚でもあり、地球惑星科学連合の広報委員長でもあるので、常日頃、様々なことについて議論する事が多い。その圧倒的な俯瞰力と緻密な思考にはいつも教えられてばかりである。この本は本人からいただいて、じっくりと読もうと思っていたのだが、このお盆まで延びてしまった。

本人の研究の中心的事柄なので大変迫力を持って迫って来る。全地球史、惑星科学の到達点も踏まえて、現在の地球環境を捉え、その未来に対してどのように考えたら良いのかを明確に提示している。書店に溢れる環境問題に関わる書物の中で、他には全くない視点のものだ。一喜一憂せず、科学の目を持って地球温暖化問題を捉えるためにも必読の書である。極めてわかり易く記してあるので、地球惑星科学関連の徒はもちろんのこと、多くの方に是非おすすめしたい。

スノーボールアースとは、赤道域も含めて地球全体が凍りつくことだが、地球の歴史を通じて、それは約6~7億年前と約22億年前の2度あったということが今や確定しつつある。その発見は、ホフマンという現在世界で最も有名な地質学者とカーシュビンクという日本人を奥さんに持つ二人によって提案されたものである。それまで極域を中心に凍り付く氷河時代については知られていて常識化していたが、地球全体が凍り付くなどということを誰も考えはしなかった。フィールドの調査とそれまでに蓄積された膨大な知識を背景として提案されたものである。

田近氏のこの著作は、この全球凍結仮説のその後の展開と、そこに深く関わっている著者自身の研究の軌跡、思い等を記したものである。だから科学者の人間ドラマとしても面白い。

この仮説の定着過程を科学論的に見ると、それも面白い。
思わぬ大発見のほとんどが、自然の森羅万象の整理を通して、これまでの常識では説明できない矛盾に気がつき、それらの矛盾をまとめて、帰納的に、包括的に説明可能な新しい仮説に辿り着くというプロセスを取ることが、ここでも貫かれているということである。しかし、それらの発見による仮説が事実として定着して行くためには、それを論理的に説明できる物理化学的な理論体系として整理されなければならない。そこで大活躍したのが田近氏である。そして、こんどは、その理論にもとづいて、演繹的に検証的発見をしなければならない。それは実験や観測によって成し遂げられる。時には反証してしまうこともある。その際には新たな事実の発掘を予見しなければならない。それを、田近氏らは、カナダの調査によって実施したのである。こうして、全球凍結仮説は、真実としてほとんど定着することとなった。もちろん、細部の原因論や少々の説明できない矛盾を伴うのも常である。しかし、そのことは新たなパラダイムの中の定常科学として、詰められて行く事だろう。

確立した新しいパラダイムは、他の科学へも波及する。惑星科学におけるハビタブルプラネットの発見の指針、地球環境問題への基本的視座などは直接的である。また、長く地球史観を貫いた斉一説(過去の地球においても、人類が経験した程度の時間スケールでの事象が同じように、同じような速さで起こった)に変わって、激変説(カタストロフィズム)の定着と一層の注目を促進するであろう。

そのようなことを記した、現在の日本の中では、もっとも優れた普及書の1つが本書である。