刷新会議事業仕分け/深海ドリリング計画・地球内部ダイナミクス計画への意見

事業仕分けに対する、本格的見直し作業がはじまったので、
私は、下記の個人コメントを文部科学省に出す予定です。

地球惑星科学連合では、より広い視点からのコミュニティーとしての意見を本日中にとりまとめる作業がすすめられています。

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東京大学理学系研究科教授・IODP第316次航海共同首席研究員 木村 学

行政刷新会議・事業番号3-19(1)深海ドリリング計画、(2) 地球内部ダイナミクス研究事業仕分けについて

日頃、研究支援についてお世話になっており、感謝申し上げます。

さて、先日の行政刷新会議事業仕分けにおいて、深海ドリリング計画の1~2割の減額、および地球内部ダイナミクス研究の大幅減額が出されました。しかし、結論にいたる意見を拝見すると、その根拠たるや、無理解、無定見に基づく極めて不合理なものであり、これまで本研究に深く関わって来た者として、とうてい見逃すことはできません。ここに意見を述べさせていただきます。

深海ドリリング計画は、日米がリードし、24カ国が参画、文字通り日本が世界に誇るプロジェクトです。地球環境、地震津波などの地球規模大災害、過酷環境下の生命の解明など、人類社会に直接役に立ち、人類社会の未来を予想・設計する上で欠かす事のできない基礎研究を推進している事はいうまでもないことです。だからこそ世界から注目され、期待されているのです。

しかしながら、「ちきゅう」という人類未踏の世界最先端研究設備とともに、それを支える研究体制を維持する事は、容易ではありません。

最先端の技術を開発しながらすすめているこのプロジェクトは、膨大な経費を必要とすることはいうまでもありません。二ヶ月に渡り、船上で首席研究員として研究チームを指揮しつつ、運航と掘削オペレーションとの連携を現場ですすめた経験、および南海地震発生帯掘削国際中核チームとして長年関わって来た経験からみて、目標を達成するのは容易ではないことを強く実感しております。掘削においては、小さなトラブルから掘削自体が困難に直面する、予測し得ない大きなトラブルまで次々と発生するものなのです。これは現在の科学技術をもってして、考えうる全ての事前の準備を行っても避ける事のできないことです。だからこそ、フロンティア、世界最先端だともいえるのです。このことは、かつてアメリカのアポロ計画が次々と起こる事故と犠牲を克服して、人類を月へ送り、人類の世界観を根本から変えるとともに、惑星科学、宇宙開発技術に革命的前進をもたらしたことを想起すれば十分理解できる事です。

私も直接関わっている、現在進行中の南海トラフ地震発生帯掘削計画は、海溝型巨大地震発生のメカニズムの理解に飛躍をもたらし、もって将来発生予測向上に大きく貢献すると理解され、世界から注目と期待を集めているプロジェクトです。この目標を達成するためには、前人未到の極限環境での観測装置の開発、科学にとって独自の掘削技術の開発を同時的にすすめながら実施しなければ達成し得ないものです。その開発において、常に困難に直面するのは、経費の不足です。無駄を徹底して洗い出すのは当然のことですが、安易な政治的判断による経費削減は、このプロジェクト自身を重大な困難に直面させ、世界をリードしているこの分野を放棄することにつながることを申し上げたいと思います。

さて、さらに深刻なのは、地球内部ダイナミクス研究の仕分けです。
この研究は、深海ドリリング研究と強く連携しつつ、特に地球内部変動に特化した研究です。事業仕分けにおける意見、特に掘削が終了した後に研究を実施すれば良いかのようなはなはだしい無理解、無定見な結論にはただただ驚くばかりです。
掘削を実施する前には、掘削の科学的効果を最大限引き出し、掘削に関わる安全とリスクを評価し、掘削を成功させるために、万全の事前研究が必要です。これは、たとえば石油掘削において、掘削以前の膨大な事前調査研究なしの「タヌキ掘」など、あり得ないことと同じです。その事前研究は多岐にわたります。地震学的観測研究、物質科学的研究、シミュレーション研究などです。これらは科学研究費等の一般的競争的資金ではまかなえない規模の予算と人材を必要とします。ほとんどの経費を掘削のオペレーションと「ちきゅう」の運航へ費やされる深海ドリリング研究とその事前及び事後の研究を支える基軸としての地球内部ダイナミクス研究は、いわばハードとソフトの車の両輪であり、地球内部ダイナミクス研究の欠損は、そのソフトの欠落であり、超深度の掘削による今後の研究をなしえない状況となることは確実です。

地球内部ダイナミクス研究とそれを実施する海洋研究開発機構ifreeは、これまで大きな成果を挙げ、今や我が国を代表する研究機関として評価されるまでに成長しました。その解散通告に等しい今回の仕切りがそのまま実施されることは、我が国において、世界の海洋底を対象としてすすめる地球内部ダイナミクス研究からの事実上の全面撤退を意味し、海洋国家日本の威信は墜落するでしょう。更に、今回の仕切りは、そこで研究を支える優秀な大量の若手研究者の失職につながります。そのような施策が実施されるならば、頭脳は離散し、近い将来、その禍根に気がついたとしても、再生不能に陥るでしょう。このような判断が、真に我が国の国家戦略「科学技術創造立国」を見据えたものとして正しいとはとうてい思えません。

関係当局は、無駄を徹底検証する事は当然のことですが、見直しにおいて上記の事柄を十二分に理解され、正確な判断を下されるよう強くお願いする次第です。