ある小学校長朝会の記録「童話の窓(2)水筒の水

ある小学校長朝会の記録「童話の窓」(2)水筒の水

夜が明けるとともに激しい戦はやみました。スウェーデンの兵隊は遠く逃げて行ってしまい、デンマークの兵隊のあげるカチドキの声が向こうの森から聞こえています。はげしい戦いの行われた戦場は、敵や味方の負傷兵がごろごろところがっていました。苦しそうなうめき声があちらこちらから聞こえます。もう夏の太陽はのぼって、カンカンと暑い日射しが照りつけています。むんむんとした草いきれ。その中ににほっている血潮の匂い。負傷兵は皆、のどがからからとかわきました。ただもう水が飲みたくてぱくぱくと口を開けたり閉じたりしています。
 その時、肩に軽い傷を負った一人のデンマークの兵がやっとこさと腰の水筒を取ってきつくしめたセンを抜いてわずか残っている水を飲もうとしました。すると「あっ、水、水、お願いです。僕にも飲ませてください。死にそうです。ああ、苦しい」という声がしたので、口から水筒を離しました。ふりかって見ると、それは負傷した敵のスウェーデン兵でした。脇腹をやられたらしく、体を起こすこともできない重傷にもがきながらしきりに水を欲しがっています。デンマーク兵は、それを見るとかわいそうになりました。さっそく起き上がって行きました。
 「さ、水をあげよう。飲みたまえ。君の傷は重そうだな。さぞ水が欲しいだろう」デンマーク兵はそう言って飲みよいようにわざわざ片手をスウェーデン兵の肩に当てて半分起こすようにして水筒をその口に当ててやりました。スウェーデン兵はやっとひじをついて身を起こしました。
 その時です。スウェーデン兵は右手をポケットから出したかと思うと、一ちょうのピストルをしっかと握りました。そして指先を引き金に当ててぐっとひきました。
 パン!
音とともに白い煙があがりました。けれどさすがに重傷の身だったために手元がくるって弾はもう少しというところで危うくデンマーク兵の耳元をかすめただけでした。
「馬鹿野郎!」何をする!」
デンマーク兵は自分の親切をあだで返そうとするこの敵の心根を思ってしまいました。そしていきなり飛びかかって首根をしめて息を止めてやろうかと考えました。
 それでもやっと思いとどまって、肩にかけた手を離しました。
「お前は心の狭いやつだな。これだからスウェーデンの軍隊は戦争に負けるんだぜ。いいか、おれはお前がかわいそうだから水を飲ませに来たんだぜ。それを撃とうというのはあんまり情けないやり方じゃないか。けれど君も国のためにおれを撃とうとしたんだから、その心持ちだけは買ってやるが確かにちょっとひきょうだぜ。おれには今お前を殺すだけの力はまだ残っている。ほんとならその首の根をしめて息の根を止めてやりたいところだが、おれは重傷の敵を殺す気はない。そのかわり、この水筒の水をすっかりお前にやるつもりだったが、罰として半分だけしかやらないぞ」
 デンマーク兵はそういって、水筒を自分の口に当てて半分だけ飲みました。そして残りの半分を
「さあ、飲め」といって敵の口に当ててやりました。
「う、う、う」
敵は何かを言いたそうにしましたが、そのものをいう元気もなくなったようでした。けれどつぶった目尻からあふれた涙が、たらりとほおを伝って落ちました。
 殺されてもしかたのないところ、水筒の水の半分だけ飲ましてくれたデンマーク兵の大きな広い心に感謝したのでしょう。
 のどを鳴らしておいしそうに水を飲むと、やっとかすれた声できれぎれに
「あ・り・が・と・う」といいました。
このようすをさっきから離れたところからじっと見ていた部隊長がいました。
「ああ、なんという立派な心だろう・こういう兵がいるからデンマークの軍隊はいつも勝利を得るのだ。そうだ、あの兵のことを国王に上申しなければならぬ」
 部隊長はまもなく、このことを国王に上申しましたので、そのデンマーク兵は国王の前に呼び出されました。
「聞くところによると、敵兵はお前を殺そうとしてピストルを撃ったというではないか。それだのになぜ助けてやったのか」
デンマーク兵はうやうやしくひざまついて、
「なんとおおせられても私は負傷した敵兵を殺す気にはなれなかったのであります。」
「そうか」国王の顔はうれしそうに輝きました。
「お前こそ勇気と情のある立派なデンマーク兵だ。デンマークの軍隊はお前みたいな兵で作り上げてほしい。お前はすべての兵の模範だ。」
「さあ、ここに最高の勲章がある。これをお前の胸にかけてやろう」
国王は最高の勲章を自らデンマーク兵の胸にかけてやりました。
<教育目標(3) 生きた知識を身につけた創造性ある子ども(寛容)>

次回(3)は狼と犬