地質学会岡山/懇親会

4日、岡山へ飛んで来た。
地質学会の年会が岡山理科大学で開催されている。しかし、三日夜まで大学業務で無理なので四日夕刻岡山入り。

岡山は、吉備団子の桃太郎の地だ。

懇親会から参加。事前に申し込んでもあり、やはりなつかしい人との再会は楽しみ。

板谷大会本部長。

宮下会長。

結構皆話が長い。昔は長い話に少々、いらつくこともあったが歳を重ねると、なかなかいいものだ。
言いたい事が皆ほとばしり出る。でも、目の前に、こいうのが並んでいるとーー、やはり、


乾パーイ!


飛鳥君と招待講演で参加した伊藤さんがなにやらひそひそ話。
そして、若い学生と一緒に。

最近の私の問題は、一期一会を忘れてしまう事。
特に若い女子学生と楽しく歓談し、しばらくし再び会った時に、
「お久しぶりでーす!」とうれしそうに言われるのだが、記憶にないこと。
そのたびごとに、何度自己嫌悪に陥いった事か。
つい先日も、「ちきゅう」の上でそんな場面があった。
しばらくすると思い出すのだが、時既に遅し!
みなさんごめんなさい。
そこで、写真に収め、記録をちゃんと。
愛媛大学の榊原さんの学生さん。
広島大学の早坂さんの学生さん。
そして、静岡から金沢へ行った針金さん。
地質学会の女子学生ネットワーク。たくましい!

懇親会の後は、今回、国際賞を受賞し、ノルウエーから駆けつけた太田昌秀さんの祝賀会。

ご夫妻で来られた。
(中央のお二人。右は沖縄から木崎甲志郎先生、左は京都の中澤圭二先生、皆さん米寿が近いとか)
多くの縁のある人たちが駆けつけた。北海道大学時代の人たち。北極調査でお世話になった人たち。
南極観測隊でお世話になった人たち。

こちらは、あまり形にとらわれない気楽な会。
目の前に岡山名物「ママカリ」がーー。

実は太田さんご夫妻には、昔、オスロで大変お世話になった。
私は、昨今氷河が後退して、シロクマが逃げているとたびたび報道される北極の島、スピッツベルゲン島の調査の先遣隊(といっても一人)としてオスロに滞在した。
そこで全面的にお世話になったのが太田さん。北海道大学の大先輩でもある。

決定的であったのは、テントで調査の真っ最中。
その間に、私のこどもが生まれる予定日がハマっていたのだ。
当時は男か女の子かも事前には分からない。
それよりもただ無事に生まれるかどうかだけが最大の心配。
いまと違い衛星電話もネットも何もない。

そこで、太田さんは、電話で日本から知らせを受け、それをスピッツベルゲンのラジオ局へ電話し、ラジオ局がスピッツベルゲン島全体に放送するという手段を講じてくれたのだ。ラジオ放送は、毎日の唯一の情報源なのだ。ただし、ラジオ放送はノルウエー語。そこでキャンプには太田さんのご長男を助手として派遣してくださり、その通訳までかってでていただいた。
そして、放送された。
「日本隊の木村さんに女の子が無事誕生しました。おめでとうございます!」
テントの中のその一瞬は忘れる事が出来ない、人生の最大の喜びの日の一つとなった。
その娘ももう2?歳。時の流れは走馬灯のようだ。

皆一言がはじまる。

「スエーデンで学位をとり、親父さんは北大出身で地質屋でーー。オスロではたびたびお世話になりーー」筑波の安間さん。
手前は、極地研究所の白石教授。本会の司会を勤めている。

宮下地質学会長もーー
「私は、卒論を2回かき、修論も2回かきーー、太田さんがいつも「頑張って、もう1回ってーー」
人生いそがば回れーー」

石渡東北大教授
「今回の国際賞の審査に当たっては、文句なく満場の一致でーー」

木崎先生。
「昔、北海道大学からは皆脱出でーー。私は少しで南極に近い沖縄へいきました」

中澤先生。
「私はスピッツベルゲンに行きたいのにただお世話役だけしろとーー、くやしくて、でも最後は行きました。あ〜すっきりした」


東北大土屋教授。
次の南極夏隊として行ってきます!

この岩石ー南極ー北極コミュイティーは、型が破れた独特の雰囲気がある。
その中にいるととても暖かい。
その系譜は、フィールドをベースとした太田さん、南極を率いた木崎さんにつながるのかもしれない。

太田夫人。

「結婚して51年。40近くにして移住して、その歳で全く新しい言葉を覚えるのは本当に大変です。でもこの人は、俺は英語で通すってーー。子供の学校から何から何まで全部私がーー。この人はほんとうに変わってます。普通の人ではありません」
昔のことを思い出す。
 日本から行った人たちを自宅に招き、
「お寿司を食べたいでしょう」と鮭のお寿司、
「ししゃもや甘エビって、ノルウエーから日本へ行ってるんですよ」
となつかしい食事が満載でごちそうになった。

太田先生を、むかし「はげた」さんと皆読んでいた。当時の北大教養部には、太田さんというのが二人いて区別するためだ。



むかしと変わらぬ、満面の笑顔が人を包み込む。
どこか、大黒さまというか、恵比寿様というか、そんな風に見えて来た。
いつまでもお元気で。
実に楽しい祝賀会であった。