術後一ヶ月の夢・矜持

命拾いをさせて貰ってちょうど四週間が過ぎた。金曜日終日の手術であったのだから、あの時の今頃はちょうど麻酔から覚めた苦しみのなかにいたことになる。
タイプを打つといまだ胸内の痛みがこだまするものの、パソコンに向かう事もさほど苦ではない。だから早い目覚めを幸いにいまブログを記している。

この一ヶ月、心拍と呼吸と運動のリズム回復と、できれば体力増強のための欲張ったリハビリの中で考え続けてきたことがある。拾った命、大事にすれば10年は持つということ医者の言葉に添うてみようということだ。
10年経つと、ちょうど父が亡くなった歳になる。せめて親の歳までは生きるというのが、子として孝行。
もういない人ではあるが、彼岸に逝った時に報告できない。

それは命の再設計をするということ。
これまでの人生、ちょうど10年刻み程度でそれまでを振り返り、先を考えてやってきたような気がする。
1。20歳までの子供時代、いつもいつもそれまでの人生を振り返り、先を考えていたような(でも挫折の連続ではあったが)未来が永劫であった時代。
2。長過ぎた学生時代の20代。結婚し、親になり、学位をとり30過ぎに、ぎりぎり就職。
3。一心不乱の研究没頭(?)、ハチャメチャの30代。そして壁。後半研究方向を転換。
4。教授となり、突然生まれる責任とストレス激増の40代。メタボで最初のダウン。研究に集中できないストレス。
5。主にコミュニティーサービスに明け暮れる50代。ドラマ人間模様のエキサイト国際プロジェクト。あっという間の還暦。
6。そして60代突入とともに体力劣化顕著。ついにダウン!気がつけば、同年代の友が次々とダウン、無念も続く。
本当に命を拾ったのだと感謝しつつ、残されたあと10年をどう設計するか自問。

そして、財産には残すものはなにもないので、生き様(死に様)とメッセージしかないと改めて自覚。
あと三年半後に迫った定年まで、とにかく研究上の集大成は、論文他として残す。とともに、渡り歩いた人生の中での思いは記しておこうと思う。

1。
秋の地質学会を目処に出版予定の「地質学の自然観」(600枚)が、ほぼ脱稿し、添削に入った。この週末にあとがきと挿入図面でほぼ終了。
2。
そして、次は、あと一年半で終了するbig projectの成果をわかり易く解説する書。なにせ海溝型巨大地震研究だから、それは義務!

3。上記の渡り歩いた人生。学生時代は、教養部地学教室。最初の就職先は香川大学教育学部。そして教授となったのは大阪府立大学総合科学部。そしていまにいたる現職。理学部の本流にいたことはなかった。その中で周りが議論し、かつ少々考えつづけたリベラルアーツ。現在のところへ来て、リバラルアーツをなんて訳す?と聞いたところ、「自由芸術」などと言う人もいた。正確には「自由のための学芸」とでも訳すべき。リベラルアーツは、極めて重要!専門たこつぼでは、瞬間的に論文は書けても世界とのコミュニケーションはとれない。
経験と考えて来た事ベースで、少々浅かろうが私の専門ベースに書いてみたい「自由への学芸」自然、人間、そして科学と三部作かな〜。

あとは生き続けているって証しに、Web siteだ, blogだ、Facebookって類いは続けないとね。いま練っているのは役に立つWeb site作成。