朝会の記録「童話の窓」(4)豊沢団平とこじき

 「何だ騒々しい」
玄関先がさきほどからやかましいので、主人の団平はふすまから半分乗り出して見ました。
「あなた、まあ、どうでしょう。お師匠さんにお目にかかりたいなんて、図々しいおねがいだこと」
そういう女房の声に角のあるのも道理、文字通りに頭のぼやぼやにして顔は垢だらけ。ワカメのような着物を着たこじきが格子先に立っていました。
「一生のお願いです。会わせてください。」
「いいえ、会わせません。こじきのくせに」
 と女房と女中の二人が押し問答をしていました。
 このようすをじっと見ていた団平はつとに立ち上がって格子をあけると、
「これはようこそ御尊来。さあどうぞ、どうぞ」そして
「こら!何をグズグズしているんだ。おすすぎでも持ってこんか!」
 と女どもの方をかえりみながらしかりつけた。
 それから彼はいまさらのように恐縮するこじきをひっぱりあげるようにして座敷に通すと、無理に上座に据えました。
 女どもはただただびっくりするばかり。目玉をきょろきょろさせるばかりでした。
 「むさい風体でまことにあいすいません。へい。」
 とこじきはザに耐えぬようにもじもじしていました。
 「いや、どういたしまして。して御用は」
団平はあくまで貴客の礼をくずしませんでした。
「実は、私は義太夫の三味線をうかがうのが三度の飯より好きで----、しかしなんでございますがお師匠様のはまだうかがったことがございません。それで一生のお願いでございますが、お聞かせくださいませんでしょうか。見る影もない体で何ともどうも。」と、とぎれとぎれのことばでたのんだ。
 その熱心さと異様というほど輝いているまなざしに豊沢団平は三味線をとっては天下に聞こえた名人というより、古今の名人とも言われる人であったが深くうなづいた。
「よろしい。弾きましょう。どうぞゆっくり聴いてください。」
「おい、お菓子とお茶。それから煙草盆。どうした。いやどうも失礼なやつばかりで。」
と名人団ペイは次の間に立って行き、三味線を抱えて出てきました。
「まことに、はや、有り難いことでございまして」とこじきは感に堪えかねていました。
弾きだしたのは「志度寺のお辻の最後」
 その水際立った弦の音はただ鳴りに鳴り続けました。
 こじきは涙を流して聴き入っていました。
 やがてこじきはよろこんで辞しましたが、これをあかず見送っていた団平の眼には涙が光っていました。
 この名人の涙こそ真の知己に遭うことの出来た歓びと別離の悲しみを語るものでした。
教育目標(5)勤労の価値を認識し、積極的に実践するこども。(芸道)

豊沢団平 http://ja.wikipedia.org/wiki/豊沢団平
志度寺 http://www.88shikokuhenro.jp/kagawa/86shidoji/