ある小学校長の朝会 童話の窓(8)リビングストンの苦しみ

 原住民たちが「おとうさん」とまで愛称したといわれるイギリスの探検家リビングストンを隊長とする探検隊は、探検だけではなく、原住民仲間にキリスト教を布教して奥地へ、奥地へと向かって行きました。シレー川の谷間では絶えずマンガジャ族とアジャワ族が争ってにらみあっていました。
 まず、マンガジャ族に伝道を始めたリビングストンたちは、召使のマンガジャ族数人と一緒に、戦争をやめ平和の会談をするつもりでアジャワ族の酋長に会おうとその領域に入っていこうとしました。国境までくると両族の小競り合いのうずの中に巻き込まれてしまいました。
 不意をつかれたらしいマンガジャ族の方は旗色が悪くリビングストンたちもその毒矢を避けねばなりませんでした。
 その時、召使の原住民が何を思ったか
「見ろ!ここにチビサがきたぞ!」とアジャワ族の方にどなりちらしました。チビサというのはマンガジャ族の酋長で、その勇名は良く敵も知っていたし、怖がっていたので、脅かして勢いを盛り返そうとしたのでした。
 ところが効果は逆でした。
 敵の毒矢はピューピューとリビングストンたちの周りに集中し始めました。
 思わず鉄砲を構えるリビングストンの友、マッケンジーとカーク。陣頭に立っていた原住民が倒れました。
 倒れたと思うと続く原住民もまた倒れました。
 リビングストンも戦わなければ、切迫と焦りの中で、ふと別の考えが横切りました。
 何度も何度も腰のまわるを手がなでていました。腰に武器があろうはずがありません。
 リビングストンは人の命を絶つ武器を人が持つことに疑問がありました。
 リビングストンは銃声の中で人が人を殺している。そして自分も銃を持ち引き金をひけばと考えたのでした。
 リビングストンは混乱の中で一人立ちすくんでいました。
「何をしているのだ!伏せろ!伏さないか!」
リビングストンは毒矢の流れの中に立ったままだったのです。
 友達のマッケンジーはリビングストンの上着をつかんで引っ張りました。同時に手持ちのピストルを手渡しました。
一緒に敵を倒せというのです。
「平和の敵だ!撃て!」
マッケンジーは命ずるようにいいました。
 思わず敵に銃口を向けたリブングストンは、天の声、地の声に怒りを聞きました。
 敵とはいえ、自分は人間に銃口を向けたのだ。
 リブングストンは、この時のことを一生痛恨事として苦しみ続けたということです。
 正当防衛だと何度も思い直して、その責めから逃れようとしましたが、人間の良識を否定しようと事実は彼の胸から消えませんでした。