決戦の5月、その1
決戦の5月
連休が終わって、5月の長期決戦に入りました。20日よりの日米共催地球惑星連合大会では、自分自身の講演4件、モデレータ1件、会議など主催2件、参加、打ち合わせ無数、これまでになくハードスケジュールです。
会議などを列記します。関係者の皆様、これらに関連してウロウロしていますのでよろしくお願いいたします。
1。5月17日ー19日 南海トラフ地震発生帯掘削計画プロジェクト管理会議@横浜 日米欧交えて今年から来年、最終仕上げについて議論。
連日、未決着問題集中審議と親睦の英語会議。
2。5月18日 危機に瀕する学術情報の現状と将来@学術会議
重要で、出たいが上と重複。連合グローバル戦略会議へ情報配布。公開、先着順。
20日 JpGU-AGU連合大会初日
3。14:00ー18:00
ユニオンセッション 地球惑星科学「すすべき道」。
日本学術会議「軍事的安全保障研究に関する声明」を受けてのユニオンセッション。
浮上している憲法改正問題もあり、大きな議論となるは必定。出席予定。
18:00 アイスブレーカー
顔出しのみ、翌日以降の諸準備のため早退
21日 連合大会2日目
5。10:45~11:15 学校教育用語セッションで招待講演
教育問題で講演をするのは初めて。学術会議地球惑星人材育成委員会委員長職の責務、やや緊張。
6。12:00~13:00
日本地学オリンピック理事会・社員総会。久田健一郎理事長ご苦労様
7。15:30-17:00 ノーベル賞授賞者梶田氏他 拝聴
8。17:00-17:50 教育用語小委員会主催
9。18:30-21:00 全国地学系学科長・専攻長会議共催
22日 連合大会2日目
10。8:30-12:00 ユニオンセッション Science Drilling
11 10:45-11:00 講演
12 12:00-13-30 Mixcher Luncheon 出席
13. 14:00 セッション 断層とレオロジー
14. 18:30 J-DESC タウンホール
15. 19:00-21:00 Presidential reception
16. 21:00 J-DESC 会長wrap up挨拶
定年のご挨拶
拝啓 ブログご覧の皆様、
桜も咲き誇り、木々も一斉に芽吹き、いよいよ新しい季節が本格的にはじまりましたね。
私、木村学、2016年3月31日を持ちまして、18年間勤めた東京大学理学系研究科を定年退職いたしました。長年のご支援に心から感謝申し上げます。
4月1日から、国立大学法人 東京海洋大学学術研究院へ特任教授として勤務することになりました。
非常勤ですが、新しい人生のはじまりと心を引き締めております。
羽田と浜松町を結ぶモノレールの車窓から見える品川キャンパスです。
品川駅から港南側へ出て、徒歩10分のところです。運河に臨む高層ビル群の中にある閑静なところです。環境を変えて、晩節人生に臨む決意です。
新幹線も停まり、いくつもの路線電車の集約駅となっている品川駅のちかくの便利なところですので、お近くへお寄りの節にはお寄りいただけると嬉しい限りです。
また、長年、本ブログを愛読頂き、心より御礼もしあげます。
多くの励まし、時には正確なご批評、ご批判もいただきました。全てが血肉になっております。
この4月1日からは、同時に記しております。facebookの公開ページに集約して、日々の徒然、飛耳帳目録として続けますのでそちらをご覧いただき、ご意見、ご感想などを寄せていただけると幸いです。
https://www.facebook.com/gaku.kimura.3
公に私に、思うところ、感ずるところを記し続けていきたいと思います。
改めて御礼申しあげると共に、今後ともよろしくお願い申しあげます。
敬具
木村 学拝
勝井義雄先生
高校の同窓会へ下記原稿をお送りしました。
勝井義雄先生ご逝去の報に接して。
木村 学
(岩見沢東高校43期卒業、東京大地会会長)
平成27年10月19日、著名な火山学者であった北海道大学名誉教授勝井義雄先生が亡くなられた。享年90歳であった。
先生は岩見沢東高校の前身である岩見沢中学4年(通常は5年であるが、帝国大学進学のための予科へ進む場合、中途で移行できた)を経た後、予科そして北海道帝国大学へ進まれた。噴火の度重なった有珠山研究をはじめ火山学一筋の人生を歩まれた。
実は、勝井先生は私の直接の指導教授ではなかったのであるがひとかたならぬ恩を受けた。私は先生と同じ北海道大学の理学部地質学鉱物学教室へ進んだのち、大学院へ進み、当時、新しい地球に関する学説の「プレートテクトニクス理論」が勢いよく流布しはじめていることに遭遇した。大地の動きを簡明に解いたこの理論は日本列島や北海道の生い立ちの旧説を根底から変えるものであった。そのような時には、旧説を打ち立てた研究者は守勢に回り、新しい世代は攻勢に立つ。私は生まれた世代の運で、この新説を全面に取り入れて北海道の新形成史を提案して博士学位審査に挑戦した。しかし、陰に陽に旧説を保守したい諸先生達からの批判にさらされた。そのような中で、勝井先生には全面的に応援していただいたのである。直接の指導教授でないにも関わらずである。何日にも渡って夜に自宅の書斎で、タイプ打ちした英語の原稿の一字一句の添削、内容に関わる議論に至るまで深夜に及ぶ面倒を見ていただいた。なぜご自宅であったのかは大学でやると目立ちすぎると配慮されたのかもしれない。あるいはまた、日本列島や北海道などになぜ火山があるのかとという問いに、プレーテクトニクス理論は直接関係していたので、北海道の大地形成の新しい説を主張し始めた私と多くの議論を望んだのかもしれない。
とにかく学位論文は完成した。提出締め切り3日前に審査主任教授からプレートテクトニクス専門用語削除要求が来たが、それも「いわゆる」を意味するquotation mark、“ をつけることで乗りきれた。人生のとば口で多くの諸先生、諸先輩、友人の応援を受けたが勝井先生の恩は特に忘れることができない。
先生が岩見沢東高の大先輩であり、東高の目の前にあった勝井組土建の「勝井」とのつながりを知った時の驚きと喜びは隠すべくもない。私が東高へすすんだのは、北海道の高校進学に1学区一校の小学区制から大学区制がはじめて導入された制度改定という時との遭遇があったからであった。奈井江町から大都会の岩見沢に出てきて、勝井組土建の斜め向かいのお宅に下宿して通った。その際、勝井組の中を通るのが東校への近道だったので多くの生徒が材木置き場の中をすり抜けた。「こら!危ない!ここを通るな!」とよく怒られたあの勝井組の次男が先生なのだと伺った時は本当に驚いた。いつも笑顔を浮かべられた温厚な先生が、それほど身近なところにおられた大先輩だとは、人の縁の不思議さを感ぜざるには得なかったのである。
平成25年北大で開かれた日本地質学会北海道支部で話をさせていただく機会があった。その折には酸素呼吸器をつけたままで、わざわざ聞きにきていただいて、大変驚くとともに改めて感謝せざるを得なかった。平成27年9月、岩見沢で「大地会」が開かれた折、東京大地会会長としてお招きいただいた。その折に、勝井先生の甥、姪にあたり、やはり同窓の、勝井裕幸氏、津田等氏、津田惠子氏から、先生が高齢でもあり大変難しい体調にあるということを伺い、急遽札幌の入院先にお伺いした。すでに言葉を発するのは難しい状態であったが、昔と同じ満面の笑みでお迎えいただいた。
そして、平成27年11月27日、いわなび市民講座での講演を前にし、準備を進めている最中に先生の喪報が飛び込んできた。いわなび講座の幹事役を勤められた津田氏によると、勝井先生は私が講演することを聞いて、朦朧とした中でも覚醒し、拍手をして喜んでいただいたということであった。
岩見沢が産み出した巨人が逝ってしまったことは誠に寂しい。しかし、東高から、岩見沢から、いや日本各地から次の時代を担う多くの人材が次々と輩出されることを願うばかりである。
合掌
押し迫る時、定年まであと150日
押し迫る時、定年まであと150日
いよいよもって時間がなくなってきた。「ねばならない」ことと「やりたい」ことのギャップがますます大きい。この2つが統一されるものから優先の選択。
1。最後の学生の博士論文。今日明日が最大の山場。我田引水?どんどん面白くなる。ブログなど書いている場合ではないのだが、私の側の気持ちの整理にはなる。
2。明後日、再び三たび、高知日帰り。全国共同利用成果発表会。お世話になりっぱなしで何をやっているのかを話さないのは義理に欠く。
準備不足だが、少しでも思いの丈は話そう。飲ま(め)んぞ〜。
3。土曜日、高校同期会。いつも集まっているのだが。皆、いい歳になってどう生きてるか。生き様を共有し、明日の糧にしよう。飲ま(め)んぞ〜。
4。来週。縁あって神戸の高校で、高校生を前に1時間半講演。これは頑張るぞ〜! 次世代をどう励ますか。隠居に向かうものの務め。ちょっと飲?
5。来週その2。「ちきゅう就航10周年」記念行事。これも大事。未来へどう繋げるか。
日本の、この分野の科学の未来がかかっている。懇親会の雑談が花。飲ま(め)んぞ〜。
6。再来週。NSF資金ゲットで日本列島を歩き始めた米国地質学者と相談会。もう一度、「日本列島論」を世界へ。自分の頭への仕込みも忙しい。記憶へはかつてなくどんどん入り、夢も膨らみ回っているのだが、蓄積しない!「数式を愛した博士」状態! 認知症の走りか!飲ま(め)んぞ〜;。
7。そしてAGUが迫り来る。このコミュニティーのグローバル展開の安定的な施策を仕込み続ける。これがもっともやりたいことであり、ねばならないことの統一課題。「事大主義」、「民族主義」などを超え、「科学そのもの」とそれを取り巻く全ての「メタ地球惑星科学」を包括的に論じ、展開できるコミュニティーへ。大学は間もなく去るが、この課題は永遠であり、どこでもできるし、せねばならない。したい。
このために勉強をはじめた。金田一春彦著「日本語」(上・下)、「日本語科学が世界を変える」松尾義之。for 通勤読書。
高知コア研究所10周年
高知コア研究所10周年 定年まであと161日
高知空港の近く、高知大学農学部キャンパス内に高知コア研究所という、何をしているのか、得体のしれない研究所がある。
かつて戦闘機が飛び立った空港跡地?。草むらに見え隠れする分厚いコンクリート格納庫。竹やぶの中の意味不明のコンクリートの平打ち。ひっそりと隠されていた赤錆びた手汲みポンプ。そんなジャングルを切り開いて作られた研究所。どう見ても怪しい。最近新たに作られた増設部分には、巨大な完全シールド滅菌クリーンルームもあるという。
その創設10周年記念の祝賀会と、今後の研究についての討論会が開かれた。
海洋研究開発機構平理事長、高知大学脇田学長、高知県副知事---、祝賀会は盛大に開かれた。懇親会は高知城を南に下った真正面にある、山内藩下屋敷跡の山翠園。高知には数え切れないほど来ているが、恥ずかしながらこの名所ははじめて。いや本当に観光していなかったと改めて自覚し軽いショック。定年したらのんびりここの湯にでもつかろう。
さて翌日、朝からびっしりと会議。
改めてコア研究ってなんだ?
世界の海の海底下を掘削すると泥や砂、岩石が取れる。その試料は人類のとてつもない財産だ。その試料の事をコアという。
なぜコアっていうかって?
一般にはコアって中心という意味。でもこの研究所でいうコアには、「芯(しん)」と訳したほうがわかり易い。鉛筆の芯っていうね。
海底を掘削して得られるのは直径7cmほどの細長い岩石の柱。しかしその細長い芯を得るために海底に開ける穴は時に直径が1メートルにも及ぶ。でも得られるのはその穴の真ん中の芯だけ。その芯を研究するところだからコア研究所。
高知には、これまで人類が掘った世界の海の3分の1のコアが保管されている!これってすごい事なんだね。いまドイツのブレーメン、アメリカのテキサス、そして日本の高知が連携して3分の1づつ保管しているのだ。保管しているだけではなく、それを使った研究で世界に貢献しようとしているのだね。南海トラフが起こった時でも、この研究所が津波で水没しないようにきちんとしたシェルターにもなっている。
これって、本当に日本が果たしている、世界への、人類への大きな貢献だと思う。大昔に古代エジプトのアレキサンドリアにあったパピルスの図書館が喪失してしまったことは未来永劫の人類史の痛恨であるけれど、それに匹敵する極めて重要な人類の財産保管庫なのだ。
何があっても守り、育てなければならない。そうすれば必ず世界は助けてくれる。その誇りを静かに確認した祝賀会であり、真剣さに満ちた討論会であった。
でも、反省。やっぱりちょっとしゃべりすぎで、話が長い、とあちこちからネジを巻かれた。思いが上ずり空気と合わなかったか。またやってしまった。
人には言うのに自分ではできない。人間って本当にいつまでたっても子供だな。もうすぐ定年なのでご勘弁下さい。
現役最後の地質学会大会 定年まであと199日
長野で行われた日本地質学会年大会に参加してきた。長野市ははじめてなので、ついでに善光寺参りと川中島決戦跡地も見てきた。素晴らしい! 天気が良くて何より。しかし、東京での地震があったというニュースも飛び込んできた。
さて、地質学会関連の役職も解かれ、今回は私人生の中でもほとんど初めての、自らの発表のない(連名の学生は別)大会であった。
そうすると面白い。これまでは発表準備やら、打ち合わせやら、飲みやら、やたら忙しく学会とは大いに疲れる場なのであったが、今回は いろいろな話をじっくり聴けた。
ま〜、実にいろいろ面白い。もう十分に仕上がった大人の話から、大量のデータに埋もれもがくものから、ピンキリなのがまた面白い。
聞く耳持たぬのやり取りから、実にうまい熟練のやりとりまで、まさにドラマ人間模様。
聞いているだけでは申し訳ないので、思わず手を挙げてしまう。
さるところではしゃべりすぎたか、と少し反省。
歳など気にせず、思いの丈を伸ばし続ける先輩・同輩もいる。
気にしていると発表などできないかもしれない。
これまで、「いや〜」とも思っていたが、心境が少し、いや相当わかる。
学会は創立125周年事業に入るという。
急激少子化社会における学会活動、それと重なる私たちの終活、隠居道、難しいね。
そうだ、現代地質学の創設者とも言われるライエルの150年前の言葉を借りて、今回の一部への感想としよう。一群の発表にタイムスリップの錯覚を感じたのは以下なのであった。
山脈の隆起や火山の噴火などの大変動が突発的に生じたという説を耳にするし、ーーまた、普通の災害や度重なる洪水、交互に訪れる平穏な時期と激動期、地球の寒冷化、動植物の全種に突然起きた絶滅などの仮説も聞く。しかし、こうした仮説が現れる背景には、古き良き時代のように憶測ですませたいとか、謎を根気よく調べようとせずに一刀両断で解いてしまいたいという願望が現れている(ライエル地質学原理1850より、岩は嘘をつかない、D.R.モンゴメリー著、黒沢令子訳、白楊社, 2015)。