阪神大震災15年そしてハイチ

今朝は阪神大震災から15年目の朝だ。
あの朝、私は大阪の堺にいた。
激震に飛び起きた。
地震だ!」
生まれ育った北海道では幾度も地震を経験していたが、関西に移り住んで14年間、そのような大きな地震は一度も経験したことがなかった。
関西には多くの活断層があり、それは藤田和夫先生が提唱した100万年以上続いてきた「六甲変動」という地殻変動によって理解できることは十分承知していた。
にもかかわらず、人間とは不思議なもの。
日常生活の中に地震を経験しないことが長く続くとその備えなど忘れてしまう。


しかし、北海道での経験は、即座に私の中でよみがえり反応した。

すぐに子供たちの寝る部屋へ。
家具が倒れたりしていないか、気になったからだ。
そして、テレビのスイッチを入れた。
今のようにすぐには出ない。
やがて、神戸地方で地震が起きたらしいとテロップが流れる。
ヘリコプターがとんだらしい。
街が夜明け前でもあり、真っ暗で様子がわからないという。
煙が上がっているという。
やがて30分も過ぎた頃か、夜明けとともに神戸の被害が甚大であることが明らかとなっていった。

その日、私は大学で講義が予定されていた。全ての公共交通が止まっているという。
徒歩5分の大学までいった。
学生は誰も来ない。来れないのである。職員もいない。

西宮に住む同僚が気になった。
電話を試みる。しかし、通じない。
何度も試みるも、電話回線が寸断されたのか、全国から多くの人のアクセスのためか、通じないのである。

ニュースはどんどん明らかになる被害を時々刻々伝えている。
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そして、この地震は未曾有の大被害であることが明らかとなっていったのである。

この15年。地震に関する研究は随分と進んだ。
観測網
観測装置
断層研究
地震理論

しかし、発生後の光と地震波の速度差を利用した速報以外の予測精度を向上させるように「役に立つ」ためにはまだまだであるように思える。
関係者の引き続く努力は続いているが、科学は占いのようにはいかない。

そんな中、悲劇は繰り返される
ハイチ。数万から数十万の犠牲者
地震はまさに自然界の大量殺戮兵器だ
この兵器使用は、人間の意思ではどうにもならない

いつ、どこで、どの程度の規模の地震が起るかを天気予報のようにできないか、というのは人類の悲願である。
今はできない。しかし、その夢に向かって多くの研究者の努力がつづく。

ハイチの悲劇は、その悲願への期待を背負う研究者の使命感を一層研ぎすまさなければならないという強いメッセージを改めて送っている。